kwsk妄想列伝ドラマ『水のない水槽』

「突然だもんなぁ…」
女をその男は優しく愛撫している。
時折、胸に耳を当てては首を傾げ、またぼんやりとその女に独り語りかける。
その女は死んでいる。正確には植物状態である。
ある日、彼女の眠る傍らで友人と他愛の無い話をしていた時、突然彼女は動かなくなった。
最愛の女を失った男は怒り狂うでもなく、泣き崩れるでもなく、呆然と、彼女がまだ、ただ眠っているだけであるかのように暮らしていた。
友人からその手の権威である医師を紹介されても笑って「新しい女でも作ろうか」なんておどけていた。
しかし、その男は、家に帰るといつも眠り続ける彼女の隣に座り、髪を撫でたり、鼓動を確かめたりした。「朝だぞー」と、昼も夜も、語りかけ続けた。

それは、まもなく十月だというのに、いつまでも続く真夏日を吹き飛ばすように飛来した台風が猛威を振るった翌日、風の強い日だった。
「行きなよ、病院。」
友人の一人が言った。幾度となく言われたその言葉に、男は幾度となく作った笑顔で「いいんだよ、それより新しい女でもナンパしに行こうかな?なんつって…。」とおどけてみせた。
「ばかっ!」
平手が男の頬を鳴らした。
「最近のあんた、おかしいよ。いつもなんか、ボンヤリして、彼女の事も考えなよ!それに……」
「…それに、何。」
「彼女から聞いたよ…お腹の中の子の事…」
瞳孔が開く。
「お…お腹の……子?」
「知らないの?妊娠したって…喜んでた…あの子…名前も…デイタって決めてるって…」
「なんでソレを先に言わねえんだよ!」
駆け出す男。その病院の場所は知っている。何度も門の前まで来ては引き返した場所だ。
「先生!コンドウ先生はいらっしゃいますか!」
「話は聞いている。さぁ早く彼女の容態を!」

        1. +

雲のない夕方の青空に、洗濯物が揺れている。
風に吹かれた玩具が静かにカラカラと音をたてている。
「マクコ、愛してるよ」
「そんなこと言ったら、デイタにヤキモチ焼かれまちゅよー、ねぇデイタ?」
「ふふ…ごめんよ…」

枯れていた水槽に、今はたゆたう愛が注がれている。

fin.

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