翳りゆく庭〜もうあの浜辺は帰らない〜

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遥か昔に書いたんだけど、シンカイ君のうそ日記とネタがカブッたんで奥に追いやってました。
んでもそろそろ公開。唐突ですけど。

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「ただいま」
いつものように玄関を開ける。
「おかえりなさーい!」揃って飛び出してくる愛すべき子供達。
「なんだ、まだ起きておったか」
「だって今日父さん、仙台に出張だったんでしょ?お疲れになられていると思いまして、その労いに…」
「バカモン、土産が目当てなのはお見とうしだ。ほら、土産だ」
「わーい!」
「なになにお兄ちゃん?牛タン?笹カマ?」
「まぁまぁそう急かすなよ、どれどれ…」
お土産に買った伊達政宗の武勇伝は、私が子供の頃に夢膨らませた名作である。書店で偶然見かけた時は、子供達が夢中で話にのめり込む様を思い描き、思わずほくそ笑んでしまった。こういう時に財布の紐が緩むのは私の悪い癖だ。
「お兄ちゃん、なんなのよう!?」
「えーっと……、んん?えー!!」
「ん、どうしたカツオ?」
「食べ物じゃないのぉ!? 僕は牛タンが食べたかったんだ!」
「そうよ!ご本なんてどこでも買えるじゃない!」
「まぁまぁ一度読めば分かる、伊達政宗とは出羽国の生んだ英雄で…」
「もういいやい!」
「コラ!カツオ、ワカメ!あらあら、せっかくのお土産を…お父さんもお気を悪くなさらないで、あの子達、今夜は牛タンだって楽しみにしてたんですから…」
「う…うむ、悪い事をしたな…」


茶の間に戻ると、朗らかにマスオ君が迎えてくれた。
「出張お疲れ様です!どうでしたか、仙台は」
「うむ、ちょうど仙台の七夕祭りをやっておってな、それはそれは凄い人出だった」
「そうですかぁ!僕も見たかったなぁ!」
マスオ君は良い婿だ。こんな出来た男が、よくもあんなジャジャ馬を引き取ってくれたものだと今も感謝している。
「まま、一杯」
「すまん」
「お疲れ様です、かんぱーい!」
サザエとフネが肴を持って入ってくる。
「私達もてっきり今夜は父さんが牛タン買ってくると思ったから、夕飯の残りでこしらえちゃった。マスオさんゴメンなさいねぇ」
私は知っている。
サザエが晩酌の時に頬杖をつく時は、夜の情事のサインだ。マスオ君も緊張するのか、その時は酒が進む。
「サ、サザエ、この料理とっても美味しいよぉ!」
「おだてても何も出ませんよーだ」
おどけるように少し出した舌が、白色灯に照らされトロリと光る。
「ホントに思ってるよぉ!ニンニクが効いてて、元気が出そうだよ」
「そぉ?良かったぁ」
満足げに微笑む愛娘。グラスから伝った水滴を指先で伸ばしながら、上目遣いで会話する仕草が、驚くほどに『女』である。思わず赤面してしまう。艶っぽくなりおって…若い頃からその男勝りの性格で異性の友人も多かった。それと同時に、商店街の男衆をどこか魅力するような『すき』があった。男は女の『すき』に弱い。しかし『すき』はすぐに消え、またふとした時に現れる。他の男の前にも現れる。嫉妬する。自分だけのものにしたいと思ってしまう。そんな時にまた自分の前に現れる。その恋愛ゲームの頂点に、サザエは知らずに立っていた。しかし今では見事その『すき』を自分のものとしている。そう、サザエはいわゆる「小悪魔」というやつだ。

突然、私の足に何か触れる。フネだ。伏せ目がちに私とサザエを見ている。どうやら私は無意識にサザエを眺めてしまっていたようだ。自分の娘を眺めて何が悪いというのだ。かといってまたサザエの方に目線をやる訳にもいかず、ただ私は肴をもそもそと口に運ぶしかなかった。

布団に入り、しばらくして私は体の異変を感じた。
久しぶりに、股が熱い。サザエのヤツめ…どれだけニンニクを入れたんだ…。
「どうかなさいました?」
「いや…何でもない…寝る」
しかし瞼を閉じても一向に眠くならない。
更に熱くなる。
「…なぁ母さん」
「はい?」
「うむ…どうだ久々に…」
「何がですか?」
「いやその…あれだ…夜の情事という奴を…」
「な…馬鹿おっしゃいな!」
「いいだろう…ほれ…」
「駄目…おやめ下さい…子供達が…起き…ます…!!」
「だったら静かにしろっ!ほれっ!フネッ!!」


台所で水を飲み、煙草に火をつける。
月あかりで妙に明るい。
何年ぶりだっただろうか、フネを抱いたのは。
結局一度も目を合わせてはくれなかった。
もう私達に、体の愛は無いのか。

部屋に戻る途中、サザエ達の部屋の襖から灯りがもれているのに気付く。
こんな年寄りですらあの効果だ、マスオ君ならまだまだ続いているだろう。
そしてサザエは…。

私の中で何かが渦巻く。
黒い何かが。

見たい。
『すき』の奥の、
サザエの『女』を。

「これはただの好奇心だ」と自分に言い聞かせながら、
ほんの少しだけ開いた襖の隙間に頭を近づける。

あぁ、サザエよ、それがお前の『女』か。
お前の全てを知っていたはずの父は、
今お前の全てを知ったよ。

無意識に、手は股間に行っていた。
なんと愚かな行動か。
自分の娘が、その夫と抱き合っている姿で自慰とは。
許しておくれ…こんな父親でもお前の事を愛してるよ…。


お父さん?」


振り返ると、
そこにワカメが立っていた。   つづく

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